40周年記念サイト これからも成長を喜びに

ごあいさつ

おかげさまでLECは2019年1月20日で創業40周年を迎えます。

皆さまと共に歩んだ40年を記念して 様々なイベントを準備していきますのでどうぞお楽しみください。

40周年記念オープンセミナー

地域の皆さまへ、恩返しの意味を込めて無料講演会を実施します。
講演会の内容は皆さまの暮らしに役立つものばかりです。
高校生も歓迎です。奮ってご参加ください!

札幌

仕事、家庭で活かせる話し方、聴き方セミナー

話すこと。聞くことは日常の当たり前の動作ですが、ちょっとした違いを出すことで、相手に与える印象や効果が大きく変わっていきます。
知っているようで知らない。話すこと。聴くこと。この機会に学んで仕事や家庭で活かしてください。

大嶋 弘道 先生/産業カウンセラー・キャリアコンサルタント

2級キャリアコンサルティング技能士/国家資格 キャリアコンサルタント/産業カウンセラー/1級交流分析士/3級労務管理スペシャリスト/心理相談員/衛生管理者

平成14年から、資格・経験を活かして官公署、民間企業、各種団体、学校等でのキャリア・メンタルヘルス研修、コミュニケーション研修、カウンセリング等を実施するなど幅広く活躍中。

那覇

働き方改革で何が変わる?

  • 2018年11月23日(金祝)
  • 13:00〜14:30
  • 那覇本校

今一番ホットな話題!国の重要テーマとしてあげられている「働き方改革」について社労士がわかりやすく解説します!企業の現場は、どう動くべきなのか、具体的な知識を身に付けよう!

岡 輝一 先生/岡法務事務所所長 社会保険労務士

琉球大学法科大学院出身【法務博士】
平成23年行政書士試験合格
平成24年社会保険労務士試験合格

LEC那覇本校では行政書士講座の講師を担当。

山口

身近な法律問題・解決法教えます!!

不動産、遺産分割・遺言書作成・生前贈与など、専門家である弁護士の先生の経験に基づき、身近な問題の解決方法を講演いただきます。

金折 伸一郎 先生/弁護士

弁護士になって2年の新前弁護士ですが民事刑事問わず幅広い分野の事件を扱っています。自治体主催の法律相談等も担当しています。

松山

年金について知ろう

「年金」言葉はよく耳にしますが、その内容はよく分からないと、よく耳にします。「年金」は老後に支給される「老齢年金」だけではなく、障害年金や遺族年金もあります。「年金」をやさしく、わかりやすく説明します。

小林 聖也 先生/社会保険労務士

LECの社労士講座で合格、開業して9年目になります。金融機関などで年金相談歴5年目になります。年金は制度が複雑ですが、わかりやすく説明し理解してもらい、安心をお届けする年金相談を心がけています。

名古屋

将来起こるかもしれない相続事例 〜知ってよかった事前対策〜

最近、何かと耳にする相続のはなし。
相続問題は、あらかじめ知識を得ることで解決できる場合があります。
様々な相続問題を事例にしました。
セミナーの中では、実際に皆様と一緒に事例の解決策を考えていきたいと思います。是非お気軽にお越しいただけますと幸いです。

福島 崇弘 先生/司法書士

受験時代、午前9時から深夜の1時まで仕事をしながらも司法書士試験合格。
その後、司法書士登録し、様々な実務に携わり、それに伴う行政書士業務にも携わられています。
LECでは、2010年から現在まで、講師として宅地建物取引士講座、行政書士講座をご担当。 ラジオや雑誌などでも掲載されるなど、様々な資格を活かして幅広く活躍されています。

<保有資格>
・司法書士(簡裁訴訟代理認定)
・行政書士
・マンション管理士
・管理業務主任者
・宅地建物取引士
・2級FP技能士
・日商簿記検定2級
・ビジネス実務法務検定2級 等

仙台

基礎から学ぶ、遺産相続ABC

相続における法律面の解決について、実例を見ながらの解説を行います。(遺言がなかった場合、ご家族の意思と遺言状の内容が異なってしまった場合など)
LECで講師としての実績があり、実務家としても経験豊富な草野哲也講師(宮城県司法書士会副会長)による、講演会です。

草野 哲也 先生/司法書士

大学卒業後、技術系の特殊法人在職中に司法書士試験に合格。
司法書士・社会保険労務士として独立開業して登記業務・裁判業務・労働問題に精通した本格派。行政書士試験にも合格し、多角的かつ実務的な視点から講義を展開する。
テキスト事例のみではなく、「実務家の視点」からの講義が、多くの支持を集めている。

岡山

身近な法律知識〜最低限知っておきたい相続手続〜

最近、遺産を巡って家族が争う相続トラブルが社会問題となっております。
「我が家には相続トラブルになるような財産はないから大丈夫。」「家族は仲が良いので、相続の対策は不要だ。」とよく耳にしますが、本当に大丈夫でしょうか。
相続トラブルは思いもよらない家庭で発生することが多々あります。
本講演では、相続の専門家である司法書士が、相続に関して最低限知っておきたい知識をお伝えします。

澤田 優也 先生/ももたろう総合事務所 司法書士

昭和56年生まれ 山口県山口市出身(湯田温泉)
平成16年岡山大学法学部卒業後、全国に約80校展開する学習塾社員を経て、平成23年司法書士試験合格
平成26年ももたろう総合事務所を開設

静岡

知らないと損をする労働者を守る法律の話

○パワハラ、セクハラ、モラハラ・・・法律はどこまで労働者を守ってくれるか知っていますか?
○給与明細、しっかり見たことありますか?
○労働時間のルール。割増賃金になるのはどの時間?
中谷江津子講師が知らないと損をする労働者を守る法律についての内容とその法律の活用方法を分かりやすくお話します。

中谷 江津子 先生/社会保険労務士

平成26年3月 なかたに社会保険労務士事務所 開業
【保有資格】社会保険労務士(平成20年合格)、産業カウンセラー(平成22年合格)、特定社会保険労務士(平成24年合格)

富山

身近な法律問題・解決法教えます。

自然災害が多発している日本。「大雨により浸水した自宅や埋没した自動車ってどうなるの?」「駐車場に停めた車が台風で飛ばされ、隣の車に激突してしまった」など、思いもよらないトラブルに巻き込まれた時の対処法など気になる話題に触れる講演会です。

大浦 清和 先生/弁護士

●昭和51年 富山県黒部市宇奈月町に生まれる
●平成07年 富山中部高校卒業
●平成11年 南山大学法学部卒業
●平成13年 南山大学大学院(修士課程)卒業
●平成18年 弁護士登録(59期)、浦崎法律事務所勤務
●平成22年 大浦法律事務所 設立

メッセージ

会長より −LECの生い立ち−

会長写真

LECは、1979年1月20日に千代田区神保町に最初の教室をスタートしました。教室は1つ、事務スペースも含めて40坪。社員3名でした。

あれからもうすぐ40年!皆さんの中には、LEC創立の経緯をご存じない方も多いと聞いていますので、この40周年記念連載のトップバッターとして、今日は主にLECの「生い立ち」や私が創業時に考えていたことをお話しします。

キーワードとしては、①フィンランド留学、②2冊の本との出会い、③サルトル実存主義があります。

株式会社東京リーガルマインド 代表取締役会長 反町 勝夫

①フィンランド留学

まず、留学からお話ししましょう。

大学で受け取った1枚のビラが、LECの始まりです。
そのビラを受け取らなかったら、もしかしたらLECは存在していなかったかもしれません。そのビラというのは、アイセック(AIESEC)という学生団体(今は、NPO法人です)のメンバー募集のビラでした。アイセックは大学生が海外の企業へ行ってインターンシップを受けるのを互いの国の大学生がお世話し合う活動をしていました。

海外に渡り海外の企業でのインターンシップを促進するアイセックの活動に興味を持ち、入会。私の級友では他に誰も関心を持っていませんでした。今では、全国で100を超える大学の学生がアイセックに所属していますが、当時は東大をはじめ4つ位の大学で組織され始めたところでした。

そこで日本の事務局長を大学2年生の秋から担当しており、東京オリンピック前の昭和39年(1964年)、大学3年生の2月から4年生の6月まで、フィンランドのヘルシンキに渡り、約5ヶ月半留学しました。

初めての海外経験でした。1ドル350円ぐらい、為替管理法で規制があり、VISAをとるのも大変で、自由に海外渡航ができない時代でした。そのことを当時、本にして出版すれば、爆発的に売れたぐらい海外渡航、ましてや、海外企業でのインターンシップ体験が大変珍しかった時代です。

ここで皆さんからの「会長、英語はどうだったのですか?」という質問が聞こえてきそうですが、英語力は英検2級を取得していましたが、特別にできるわけではなく、普通の会話ができたぐらい。当時は英語学習のツールはほとんどなかったのですが、日本で英語力を高める準備を自分なりにしていきました。

なぜフィンランドだったのか?

次に「どうしてフィンランドだったのですか?」という質問が聞こえてきます。

当時私はアイセックの役員だったので、他のメンバーが希望しない<余った所>に行くしかなかったのでした。自分の希望を通すことは立場的にできませんでした。

フィンランドは、当時は、あまり馴染みがなく人数も少なかったわけです。「同数交換」ということだったので、フィンランドの学生が日本の企業に来るには、誰かがフィンランドに行かなくてはならず、役員だった自分が行かざるを得なかったというのが経緯です。

そして、ヘルシンキのあるデパートの経理担当として着任。
アジア系はインド人だけで、あとはヨーロッパ人のみという環境。日本人まるっきりおらず、会ったことはなかったです。今思うと、「月に行ったような」感じです。

この出来事が私のその後の人生に大きな影響を与え、LEC設立につながっていくわけです。

卒業後の生き方を決めた留学経験

群馬の高校を卒業し、東京での浪人生活を経て、東大に入学したものの、その当時の私には「将来、これをやりたい」「これになりたい」といった目標や思いというのは、皆無でした。仲間は、官庁か大企業(主にメーカー)に進むのが当然で、職業は就職のとき、大学4年生になってから考えるものという時代。3年生のころに、就職のことを語る学友は誰もいませんでした。

ところが、ヘルシンキで出会った諸外国の学生は、全く違いました。それぞれの夢や目標が明確だったのです。彼らの話を聞いたときには、心底ショックでした。つまり、ヘルシンキに行くまでは、自分の将来を自分で主体的に決めるっていう発想がなかった。仲間がこの会社に行くから自分もという感じ。「会社」を選んでいたけれど、「職業」を選んでいる人はいなかった。スウェーデンのある学生は、国連で働くことを夢見ていた。

つまり、明確なビジョンがあったのをよく覚えています。

当時の私にとっては、国連などというのは雲の上みたいな所だから、そんなところに就職するんだというのにびっくりしました。考えたこともなかった!

しかも、彼だけではなく、みんな明確なキャリアビジョンがあった。それがあるのが「普通」。それで、「おまえは何をしたいのか」と問われたとき、まるっきり答えられなかったわけです。「いやいや、将来のビジョンをもっていないはずはない、隠しているのか」とまで、言われたのです。

とにかくショックでした。自分には何の考えもないことを痛感しました。

ヘルシンキ滞在時にヨーロッパの学生の人生観がインプットされ、私の卒業後の生き方の方向性がこのときに決まったと言っていいでしょう。この留学経験が、LECの生い立ちにつながった大きな出来事の1つです。

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②2冊の本との出会い

次の大きな出来事が、2冊の本との出合いです。

自分の目指す道はこれ

1冊目はピーター・ドラッカーの「断絶の時代―来たるべき知識社会の構想 (1969年)」。非常に感銘を受けました。自分の目指す道はこれだと思いました。

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今から約半世紀前に、ドラッカーは「社会と文明において根源的な変化、すなわち断絶が起こりつつあること」を指摘していました。別の言い方をすると、それまでの継続の時代を断ち切り、20世紀の後半を形作る可能性が大きい新しい現実が生まれつつあることを明らかにしていました。情報化の進展、グローバル経済の出現、政府の無力化、知識社会と知識労働者の興隆など、かつてドラッカーが指摘した断絶は、当時誰一人信じる者がいなかったのですが、私はその考えに影響を受けました。今の時代、彼の指摘どおりになっていることは、皆さんにもわかっていただけることと思います。

教育訓練への関心

さて、2冊目がゲーリー・ベッカーというノーベル経済学賞受賞者の「人的資本―教育を中心とした理論的・経験的分析」という本です。

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ベッカーの本には、次のようなことが書かれていました。「人間を機械や工場などと同じ資本ととらえ、教育・訓練(投資)を受けるほど労働生産性は向上し賃金も増大すると分析している。」ベッカーは能力と賃金の乖離が生じることを合理的に示し、どの企業にも役だつ「一般的訓練」と特定の企業でしか役だたない「特殊的訓練」の概念を導入することで、年功序列型賃金や終身雇用制などの論拠も説明していました。この本との出会いにより、教育訓練といったことに関心を持ちました。

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③サルトル実存主義

3番目に影響されたことが、サルトルの実存主義。

「人間はみずからつくるところのもの以外の何ものでもない」という文書に触れたことがある人もいるかもしれません。実存主義について述べるのは、長くなってしまうので、誌面の関係上、ここでは控えます。

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大学入学からLEC設立まで

さて、上記の出来事も含めて、大学入学からLEC設立までのことを簡単に振り返ります。

群馬の農村の一高校生だった私は、日本大学と東京大学で比較したら、日本という概念のほうが東京より広いから、日大のほうが難関だろうと勝手に考えていた程度しか大学について知らなかったです。これは、本当に本当のことです。

親が官僚や医師などではなく、農家だったことから、親の職業と同じものを選ばなければいけないという制限はなく、自由に将来を考えることができる立場ではありました。が、前述のように高校時代はもちろんのこと、フィンランド渡航前は将来について何も考えていませんでした。(当時は官僚の子供は官僚に、医者の子供は医者に というのが大変一般的でした。)高校時代はそれほど勉強もしなかったため、東京で浪人生活を送ることになりました。勉強の方法を教えてもらったのは、浪人時代に通った予備校のおかげです。

それで東大に入り、前述の留学をしたわけです。帰国後、就職活動をしたときには、留学での決意を胸に将来の起業を考えて会社を選びました。それで、電通に入社したわけです。

なぜ電通だったかというと、「幅広く世の中を勉強できる会社」ということで、いろんな会社の文化や考え方に触れることができると考えたからです。

たとえばあるメーカーに入社したとしたら、そのメーカーのことについては十分に理解ができますが、私は起業を考えていたので、1社の知識を深めるというよりは、いろいろな企業に触れたいと思って入社したわけです。

それで機が熟したと感じたときに電通を28歳で退職して、公認会計士試験にチャレンジ。その次が、司法試験でした。30歳のときでした。司法試験は本当に何の体系もなく苦労しました。しかし、資格で食べて行こうと思ったわけではなく、ベッカーの影響で人的資本をマスターしようと思いに駆られて勉強し合格を勝ち取りました。

電通退職後から起業までの生計は貯金で食べていました。

当時はやってみたいという目標に向かってまっしぐらだったので、「食っていけるかどうか」など考えず、ひたすらがんばって邁進しました。美空ひばりという歌手がいましたが、彼女の歌に「ひとすじの道」というのがあります。まさにその思いです。卑近な例では、「初恋」の気持ちのようなものです。これをやっていくのだ!というひらめきと思いに突き動かされたわけです。

会長写真

フィンランドの経験と2冊の本、そしてサルトルとの出会いが発端になったLECが40歳を迎えるというのは喜ばしい限りです。社員の皆さんには、引き続き社長とともに、LECが50歳、60歳...100歳を迎えられるようにがんばっていただきたいと思います。

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